六角形の月

わたしが最初にあなたを知ったのは
土のにおいを肌にまとわせ
戸惑いをもてあましていた
十七のある寒い日の
暗い帰り道のことでした
あなたがただひとつのあなたでなく
無数のあなたであることを
中心から六つほどに分身しながら
六芒星の姿で浮かぶあなたを見て
おのずと知りました

寒空の下のどぶ川を
痩せこけた鱗が這っていた
その背中にあなたの燭光が
青銅色にゆらめいていた
あの頃まだ
わたしはわたしの輪郭のないこころと身体を
繰り返し押し出される流れの中に
持ち堪えることしか知らなかった
何かが変わっていくことを
ただ見ていることしかできなかった

月の光というけれど
あなたが光を放つのではなく
あなたが光そのものなのだと
今のわたしはそう思う
忘れられた幾つもの哀しみの
無力さに寄り添いながら
街路を剥がれた石ころや
朽ちかけの枯れ枝をほのかに照らしている
やましさをやさしさにすりかえる
無邪気さを見透かしながら
眼のさめる青白さで
湧き水のように澄み渡っている

わたしはあなたがまったくの
空虚であってもかまわない
前後不覚の傷口であっても
むしろ愛せる気がします
その超然とした冷静さを妬むみじめな気持ちさえ
あなたは吸い取ってしまわれる
わたしがどれだけ憎んでも
憎むそばから吸い尽くされる
わたしがどれほど恨んでも
恨むそばから吸い尽くされる

産み出すことのできないあなたは
光を放つことのできないあなたは
その無力さの腹いせか
底無しの欲望で地球上のあらゆる感情を吸い尽くされる
小さなわたしがようやく手にした
あるかなきかの感情も
あなたの底無しの欲望の前には到底敵いはしないのです
そうしてあなたは光を放たずに
光そのものになってしまった
吸い取るだけ吸い取って
どこにもいなくなってしまったかのように
真昼に浮かぶその姿に
どこか孤高のさびしさがわたしのこころを打つのは
わたしがまだ束の間の一生にこだわっている
まずしい証拠でありましょうか

わたしはあなたが直径何万キロメートルの
無意味な空洞であってもかまわない
天空にぽっかりと開いたまま
神々からも見放された虫食いの穴であっても
きっと愛せる気がします
今ではもう夜空に浮かぶあなたは
分裂した六角形の月ではない
あなたはあなたの御身ひとつを
燃えさかる太陽にさらして
運命に身を委ねることに
せつない誇りさえ感じているようで
少なくともわたしにはそれが
計り知れない覚悟と
受け入れることのできる愛と強さの
無言の表明のようで

たとえあなたが全長何万キロメートルの
色のない惑星であっても
空虚の塊であっても
灰色のシミであっても
あなたはあなたであって
そうしてわたしはあなたに吸い尽くされて
等身大の空洞になって
どんな光をこの身体にあびて
どんな姿になるだろう

だれかと自分を比べることに躍起になっているわたしを
昨日や明日にこだわっているわたしを
あなたの冷たい光がいつか
今に
突き刺してくれることを

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