眼球運動

青緑色の壁に向かって
二本の指の動きを追った
風のない窓辺にしきつめた
水晶が揺れて時を告げる

海底で泡はひとりでに産まれ
ひと知れず故郷を目指す
いくつもの藻屑にあおられながら
ひと思いに地上へ舞い上がる

全身を眼球に変えて
存在をたしかめにいった
真実を天秤にかけて
永遠を終わらせに行った

ぼやけた水槽の背後から顔を出していた
寝間着のきみのこころよ
ひとりきり熱病の峠を越えた
幼いきみの勇気よ
暗い押し入れに閉じ込められた
たとえようのない恐怖よ
あの日から二度と聞こえなくなった
寝間着のきみの叫びよ

眼球を惑星に変えて
太陽に飛び込んでいった
忘却の生涯に寄せて
決別の光跡を描いた

透明な風呂敷にくるんで捨てた
白木の化粧箱よ
くすんだ六畳間の片隅の
御神体の抜け殻よ
埃臭い引き出しから夜毎這い出る
得体の知れぬ不安よ
いつからか置き去りになった
寝巻きのきみのこころよ

待っていたわけではないけれど
会えたことがこんなにも嬉しいよ
あらぬところから言葉があふれて
わたしを振り切って逃げてしまうよ
きみはもうひとりじゃない
だれももうきみを傷つけない
きみはもうひとりじゃない
きみはもうひとりじゃない

海底で泡は音もなく産まれ
迷いなく一心に昇っていく
青緑色の水面に
あたらしい色彩が広がっていく
失った故郷を見つめて
捨て去った故郷を見つめて
帰らない迷子の面影を
水しぶきとともに舞いあげて

胸が痛むほどその眼で
きみが見たものを
語ってくれ
語りかけてくれ

息が詰まるほどその眼で
きみが見たものを
感じるままに
感じてくれ

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